男の子のおもちゃとの出会い、そして立ちションの試み。


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男の子のおもちゃとの出会い、そして立ちションの試み。
初めて“僕、男なんだ”と確信したのは確か3歳の頃だった。
合唱団で知り合った両親を持つ僕は、小さい頃からピアノを習っていた。
余談だが、僕の名前の由来も
両親が出会った合唱団の先生の名前から来ているとのことだ。
結果的には5歳になる直前にアメリカのロサンゼルスに渡米することになったので実際に習っていたのは2年にも満たないかと思う。

それ以来ピアノは習ったことはないが、
なんだかんだ言って、苦労しながらも
なんとか大学で音楽を専攻し卒業することになった僕の基盤は
この当時に培われていたのかもしれない。

それはさておき、僕が今でも鮮明に記憶していることがある。

それは ピアノに関することではなく
そのピアノ教室に置いてあった
とある ロボットのおもちゃだ。

メタリックな色で、腕や足がカクカク曲がったりする
まあ、昭和50年代後半にしては
良くできたおもちゃだったと思う。

僕はピアノよりも、そのロボットのおもちゃの為に
ピアノ教室に行っていたようなものだ。
思い出せるのはそのロボットのことだけだ。

なぜそんなにそのロボットが嬉しかったかと言うと、
僕は一人っ子だ。
兄貴も弟もいない。
つまり、家には男の子用のおもちゃは一つもなかった。

それもそのはずだ。
両親も祖母も、まさか僕が男だなんて思ってるわけがない。
だって、

そう、ブツがついてないんだから(笑

だから、家では物足りないながらも
与えられた玩具で遊んでいたのだろう。

だから、そのピアノ教室ではじめて
男の子用のおもちゃに巡り合えた時、
3歳の僕は 心の中で

“これだ!! 僕の求めていたものだ”

そうはっきり思ったのだ。

家に兄貴でもいれば、何の遠慮もせずに
そのおもちゃで遊んだりしたのかもしれないが、
男の子用おもちゃに一切縁がなかった状況が
僕のロボットに対する思いに拍車をかけたのかもしれない。

僕が3歳の頃かな。。既に両親は離婚していて
母は働きに出ていたので、僕は主に保育園と、今は亡き祖母に育てられた。
その祖母の目を盗んでは よくトイレで立ちションをした。
トイレ中を水浸しにして、しっこまみれにして
足をべとべとにしては 良く怒られたものだ。

離婚を理解するには早すぎると両親は思ったのだろう。
僕は、父親は仕事で週末しか帰ってこれないと教えられていた。
だから父親は一週間に一回しか帰って来なかった。
それなのに一体僕はどこで立ちションを覚えたのだろうか。。
オヤジがしている所をみた記憶はあまりないのだが。。。
でも何度も何度も立ちション挑戦したのは、25年以他たった今も覚えている。

続く。。。
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